第15章
子どもにとって初めての革靴
訳者補足:オードリー・タンの父方の祖母、ツァイ・ヤーバオの自伝『追尋 — 鹿港から眷村への歳月』の第15章です。
今の時代に革靴を買うのはとても簡単なことですが、民国40年代の軍人の生活はとても苦しく、子どもに革靴を買ってあげるのはとても難しいことでした。
民国42年に息子が間もなく2歳になろうという時、父親は近くにおりませんでしたが、私は何かお祝いをしてあげたいと思い、私が作った布靴を履いてばかりの息子に革靴を買ってあげることにしました。
ですが革靴は一足35元で、夫が私に渡す生活費は120元です。私の願いを叶える金銭的な余裕はありません。どうしましょう?
あれこれ思案していた矢先、近所の余さんが台南市内のセーター専門店から毛糸を持ち帰り、内職をしているのを見かけたので、彼女の家に行ってセーターの編み方を教えてもらいました。
一通り編み方を覚えた後、私は大胆にもそのセーター専門店へ行き、オーナーに「私にセーターを作らせてもらえませんか?」と聞いてみました。
オーナーは私がまだ21歳と若く、セーターが編めるとはにわかに信じられなかったようでした。そこで私はその場で編んで見せ、テストを通過しましたが、毛糸とサンプルを家に持ち帰らせてもらうには、デポジットとして重さ一銭(訳注:3.72g)の金の指輪と身分証明書が必要でした。
帰宅後、私は毎日真剣にセーターを編み、一週間でケイトウの花柄が入った女性用のショートコートを一枚完成させ、息子に革靴を買うという夢を果たすことができました。
セーターの工賃がぴったり35元だったので、工賃を受け取るとそのまま息子を連れて大喜びで革靴を買い、写真を撮り、彼の2歳の記念写真にしたのでした。